やまもり

山森(故障派)と森山(特になし)の文集

田舎干し

 

雨が続いたせいで洗濯物がどっさり。月曜日に休暇をとっていたので朝から洗濯をした。物干し竿にズボンの裾を通して、シャツは袖口から肩へ肩から袖口へ物干し竿を通す干し方を「田舎干し」と呼ぼう。ハンガーやピンチを使えばたくさん干せるのだけど、できるだけ田舎干しをしたいので考えながら干した。乾きにくいパーカーやジーンズは田舎干し。すぐ乾く薄いシャツはハンガーでと計算する。できあがった干し方は小作品のようで、わたしは満足した。

 

 


 

ジャン・イポリットのフロイト解釈を読み始めた。「誰かが「私の述べることで、あなたを怒らせたくはないのですが」と言うとき、怒らせたいのだ」と文章が始まった。読んでると眠くなってなかなか先に進まない。以前に何度か読んでいるから読まなくても大丈夫なんだけど、たまに読み返したくなる。こういう話は本の中でしかしないから。現実逃避みたいなもの。大勢の前で丁寧に話し始めるイポリットを思い浮かべた。

 

 


 


読むこと、解釈することは突然にはいかないし性格も大切だ。傲慢だと学べなくて謙虚すぎてもうまくいかない。読みには性格がとても重要な役割を果たす。探求心とか、優しさや意地悪さとか、感受性と呼ばれている星座とか、柔軟さや執着心。主体性や反骨心も読みには大切だろう。人格者だから読めるわけではなくて、倫理感に縛られてると読めないことはたくさんある。悪人には悪人だから読めることがある。知識も重要だけど性格は読みの根本に関わる。想像力は性格の檻を超えないんじゃないか。なので、全部を読むには変身する性格がいる。善人にも悪役にも変身できればどっちもリアルに読める。どちらにも感情移入ができる。