やまもり

山森(故障派)と森山(特になし)の文集

箱女


犬が飼い主に向けて表情をつくる。自分の表情で飼い主をコントロールしようとする。そんな記事を読んだ。ていうことは犬も「見られている」を見ている。犬も見られてるを見てる鏡の世界の住人だとするとどうなるのだっけ。この鏡のせいでうまく見れていない可能性に思いをはせられるのが人との違いだね。同じ鏡でも人の方が硬い。

 

昨夜は選挙のテレビを見ていた。
池上彰さんの顔が意地悪に見えて、見ていられなくなってチャンネルを変えた。子供のころは選挙番組なんてつまらなくてどうしようもなかったが、大人になってから面白くなった。たぶん下品になったのだと思う。政治家の苦しそうな顔や言い訳が面白い。わたしは安倍公房の箱男を思い出した。たしかあれは、言い訳ばかりの話だった。よく見れば見るほど視線が熱く反射されて自分を焼く。書かれた文字が自分を逃げ出させないように見張っているのだ。誰かの顔が意地悪に見えるには自分も意地悪になれないといけない。池上彰さんのあの顔も視線がなくてただの面、突き刺さる線ではなくて顔面だったら、わたしはそれを景色のように見続けることができる。

 

 

 


 

 

Vault75シェルターには子供たちが集められて様々な教育、試験が行われていた。監察官はプログラムに沿って子供たちを管理している。十八歳を迎えると彼らは皆「卒業」する。試験の中には子供たちには開示されない項目があり、それをクリアした少数が監察官を継いでシェルターに残る。簡単に言えば、口が堅く機密を守れる者が監察官を継ぐ。高い論理性を持つ者によってVaultの断絶は継承されている。

ニナは残らない。彼女は卒業する。それは喜ばしいことだと誰もが思っている。僕もそうだが、ただ別れが辛かった。

彼女も監察官スタッフとしてここに残れないのかとリズに質問したが、彼女の情動は閾値を越えているため叶わないと言われた。リズはそのときに懸念を示して僕に念押しした。スタッフとして残るからには誰もを平等に扱わなければいけない。誰も特別扱いはされないと。申請すれば僕も卒業することができる。

しかし、それを選択する気はもう僕にはない。


僕に開示された情報はごく一部のものだと分かった。最も年齢の近いリズと共に処分業務を行ったとき卒業について、扉の向こうについて聞いたが彼女は「第4世代以前のスタッフたちに共有されている」と答えた。その言葉が真実なら彼女も知らないのだ。

 

「劣っているものを処分しなければVaultは維持できない」
「それを理解できる私たちがここに残るの」

 

健康スコアと協調性、社会性スコアの低い乳児を僕たちは処分した。ニナがスタッフとしてここに残れないのがよく分かった。彼女にはできない業務だしさせたくない。彼女たち卒業生は扉の向こうで各々の特性に応じた業務に従事することになる。ここには帰ってこない。

僕は自身の無知を理解することができた。僕もリズも卒業後の実状についてはよく知らない。僕は監察官になって初めて、乳児の殺処分が行われてきたのを知った。ニナが知れば、軽蔑するだろう。僕は彼女たちには明かせない側になり、僕は共に卒業することができなくなった。あの扉の向こうを僕は見ることなく生涯を終える。見るときが来るかもしれないが、それは監察官としてだ。ニナたちが見る光景とは違って見えるのだろう。

 

論理スコアによってスタッフが選ばれる理由が分かった。Vaultを守り、継続するためだ。

乳児の選別処分はVaultの維持に必要だが、とてもとても気分の悪い仕事だ。誰かがやらなければいけないが誰もやりたくはない。殺処分をやめていたら、あるいはこのことを子供たちに明かしたなら暴動でも起こって、このシェルターは存続していないだろう。僕も生まれなかったはずだ。Vaultは僕たちに、子供たちに処分の事実を隠し続けてきた。リズも他の監察官たちもずっと隠し続け、世代を超えて続けてきた。

そうしてvaultを存続させてきたおかげで僕は生きている。ニナに話をしたい。監察官が僕たちに隠してきた事実を。そして君たちが卒業のあと、おそらく扉の向こうでも何かが隠され行われるのだ。

しかし、限られた資源で、Vaultシェルターで生きていくのに他にどんな方法があるのか。ああ、おそらくこのシェルターではもっと恐ろしい事実が隠されているに違いない。いや、その可能性がある。Vaultを守るために必要と論理的に理解されて、乳児の殺処分とその隠ぺいが、継承されてきたことを僕は知った。だからニナ、それをしてまでシェルターが続かなければいけないのかどうかを君と話したい。

おそらく、いいや絶対に、歴代の監察官たちは僕と同じように葛藤したのだ。

 

いらぬ妄想かもしれない。卒業のあと君たちは幸福に過ごすのかもしれない。全員でないかもしれないが一部の人たちだけでも。誰かが殺されているなどとは知らずに過ごす幸福の可能性を、僕は守る側になった。

過去の人たちが守り紡いできたものを僕の手で壊してしまっていいのか。わからないんだニナ。もう君と話すこともできない。リズに監視されているから。とても、とても僕たちの仕事は酷い。

リズは「私もそうだった、時間が解決してくれる」と言っていた。そう、次の隠ぺいが明かされるころには、僕は「またか」と思うのだ。ニナ、監察官たちは本当に残酷なことをやっている。Vaultはそこまでして守らなきゃいけいないのかと思う。君を攫って逃げてしまいたいが、楽しげにしている君の顔を見て思い留まる。リズが寄り添ってくれている。僕も未来の新人監察官にはそうしてやるのだろう。

 

 


 

 

 

 

物語に「語り継ぐ」という視点を導入すると、言葉にできないものについて思いを馳せられる。話せないこと、隠さなきゃいけなくなったもの。話せない側は大変だろうなと思う。話せないってのは苦しい。大きなものを守るために本当のことを話せないってのは大河ドラマでもやってた。高橋一生さんと柴咲コウさんは家を守るために本当のことを話せずお別れすることになった。何かを守るために正直に話せないことだってあるだろう。情報や知識にできないこともある。論理の人ほど口が堅く秘密を守る。論理の人は線の人。

政治家の人たち、話せないことや秘密にしなきゃいけないこととかたくさんあるのかなと思う。大変だろうけど頑張ってくれ。口が軽くて秘密を守れない人には秘密はやってこない。そうでないと秘密なんかなくなるわけだが、実情はどうなのだろう。わたしにはわからない。情報や知識は簡単に通じて秘密にはならない。考え方の「かた」は、たぶん、明かされていてもなかなか伝わらないので秘密に化けるのがあると思う。考え方の「かた」は身体的なものだ。逆上がりするには逆上がりをやってみなくちゃいけない。「行為」というキーワードがこういう風に出てくる。やってみなくちゃわからないというやつだ。情報や知識と違って、身体的なものはやってみなくちゃ伝わらない。

物語には行為がつきもので、そのおかげで情報みたいに陳腐化しないのだろう。きっと、たぶん。

 

 


 

 

 

監察官たちが自らの行いについて明かすことはない。ニナ、隠されてきたものは隠され続けるんだ。僕はこちら側に来てようやく分かった。僕たちが今まで知らないことすら知らなかったのを。僕は君に伝えられない。監察官と子供たちの間には断絶があるんだ。僕はこの断絶を越えられない。越えられない者、勇気のない人間が監察官に選ばれるんだ。リズが慰めてくれる。

 

「知らなかったのだもの仕方がないわ。そして私たちは今も知らない。Vault75の全貌を把握している人なんて監察官の中にも誰もいないかも」
「だからせめて子供たちにはひとときでもいいから幸せな時間を」

 

まさか、ニナが扉の向こうで処分されるなんてことは。

 

「わからない」
「あと数年たてば、その情報を得る立場になるかもしれない」
「ワシントン、それ以上はいけない。君を報告案件にはしたくない」

分かっています。ありがとう、リズ監察官。