やまもり

山森(故障派)と森山(特になし)の文集

ケイト

 

「自惚れ屋。あなたなんかに明日のこと未来がわかるわけないでしょう。他人のことだってそうよ。なのに、どうして悲観できるのよ。この先どうなるかあなたに予知できるっていうの?」

 

私はケイトにそう声を荒げたのだけど、どうしようもない、もしかしたら最もかけてはいけなかった言葉だと思う。 本当に違う。泣いている彼女の背中を見て私ははき違えてるのを反省した。でも、悲観の中毒になっているとき、きっと悲しいことばかり起こると予知してしまう傲慢に効く薬を、私は持っていなかった。

 

「あんたはそうだ。いつも。放っておいて」

 

放っておければ苦労しないんだ。
この子はいつも。うまくいかないことがあると、それを抱きしめて離さなくなる。小さいころに大切にしていたぬいぐるみや毛布みたいに握って離さない。哀しみが自分の半身になる。そんな感情への自己陶酔は歌詞やドラマの世界の話だと割り切って、少し馬鹿にするくらいに突き離して、大人になっていくものなのに。誰だってそうしてる。ケイトはまだ自分を感情の主人公だと自惚れている子供だ。私は彼女の気持ちがよく分かる。かつての私を見ているようで放っておけないんだ。

 

「ああ、ほんとう嫌だ。あんたにも悲しくなる。膜があんたを覆ってる。なにか考えてるだろ。最悪と思うよ。考えてる人の前で泣くのは最悪の組み合わせ。未来なんて知らない。クソな最悪の繰り返しが私をみじめにするんだ」







わたしはドラクエ11を大満足して終えた。ドラクエを友人に貸して、その代わりにFallout4を借りちゃった。 とっつきにくくて難しいなと初めは思っていたのだけど、今はケイトちゃんが可愛くてしかたない。 わたしはケイトちゃんと核戦争後のアメリカ北東部を旅しています。物語もすごくいい。

人間と見分けのつかない人造人間たちが紛れ込んでいる地上世界。隣人が人造人間じゃないかと疑いながら暮らしている偏執狂。壁に開いた穴を本棚で隠すだけで見て見ぬふりをしちゃう市民。真実を暴こうとしてるがため周囲に煙たがられてしまう新聞記者。正義と管理の名のもとに排他的になってしまう軍人たち。いいね。物語はいつもちゃんとしてる。

幸福と真実が乖離しちゃってるのはどうにもならないよなとわたしは思う。幸せを追求してる人にとって壁の穴や仲間の外のことなんて知らないよとなるのはどうしようもない。 真実を追求すること=幸せと倒錯しちゃってる新聞記者さんは可哀そうだが、不幸せな話はたとえ本当のことだろうが聞きたくはないさ。 幸せに生きる権利は知りたくないことを知らずに済ませる権利。でも真実は、わたしもわたしの隣人も地下から送り込まれた人造人間なのかもしれない。疑えばきりがないので どこかで考えるのをやめて正直そうな誰かに尋ねたり描かれた線を抱きしめる。物語は神さまが描いた設計図みたいだって思う。ドラクエもそうだったけど、物語はすごい。

核爆弾は理系の叡智の継承の結晶で人の手には負えない力の塊だけど、物語爆弾は文系の叡智の継承の結晶なんじゃないか。爆弾を作る技術は身体の中に眠ってると思うんだよね。ほとんどの人たちは爆発させないように眠らせていて、 たまに誰かの物語爆発が眠ってた読者の体内爆弾に引火しちゃうのだと妄想する。変な風に爆発しないように、ちゃんと爆発するように精密につくられた化学式爆弾。あー、爆発しない不発弾の物語だっていいか。