やまもり

山森(故障派)と森山(特になし)の文集

黙っているルイス

 

 

ルイスはイヤホンを取り付けた。
目や口と違って耳はひとりでに閉じないので、やるには両手で塞ぐか耳栓などをするかになる。彼は母親の声で自分の耳が侵されるのをイヤホンで防いでいた。誰かが安らいでいる音楽にも、うるさくて耐えられない隣人から苦情がでもする。世界で親しまれている名曲であっても騒音になりうる。ルイスにとって母が親しんでいる母の英語がそれだった。彼はそれに悩まされていた。

母が我が曲で息子の鼓膜をふるわせようと彼の部屋に近づいてくる。ドアが開けられ彼が話すべき彼女の英語がやってくる。ルイスのイヤホンからはヘブライ語が、ドイツ語が、その他の外国語が呪文のように流れていた。
母は初めに優しく語りかける。

「おはよう、どう?」

「また黙っているの?」

「私に話しなさい」

そら、ピットピットが来た。なぜあなたは僕にそれができるとするんだ。ルイスはボリュームを上げてラテン語で耳をいっぱいにした。僕にはそれがでない。あるいは、別のやり方を見つけなければいけない。

かつて、僕は病院に連れて行かれて医者と二人になった。なぜ黙っているのかと聞かれて「あなたはなぜ話すのか?」と僕は組み替えて返した。彼は患者の話を聞くのが自分の仕事だと述べた。僕は観念してその仕事に協力して僕が得るものについて聞くと、彼は「君を理解する。治していく」と応えた。それは医者の取り分と僕は思った。彼に仕事は嫌々やっているのかを聞くと、「そんなことはない」と彼は笑顔で返した。

「それは不公平です」

「どうして?」

「僕は嫌々で、あなたに良いばかりだ」

医者は僕の味方だと繰り返した。「嫌われてしまったかな」と微笑んでいた。僕は彼への協力をやめてしまって、その代わりに金をはらった。

 

公平な学習が必要だ。できるなら多くの人たちにと思う。母や医者は僕を理解したい望みを言う。まるで僕の望みかのように。彼女たちの理解へ僕が奉仕するのが当然であるかのような態度で、僕に自白をせまる。「話しなさい」「理解したい」。それで口を割らせようとする。彼女たちは学ぶ態度の代わりに警察の態度を身に付けていた。ああやって自白させている。

医者は微笑んで口を割らせようとしていた。母は初めにささやいて、そのあとに大きな声をあげて僕の口を割らせようとするのが常だ。黙っていて彼女たちの捜査に僕の手を貸さないのは裏切りのようだ。僕はできるだけ街を歩いた。

街灯の下を通り過ぎて建物の横に行く。建物の横を通り柵に沿って疲れるまで歩いて行った。すれ違う人たちは別のことを考えているのだろうか無言で、善良で、余計な望みを払わず真っ直ぐに歩いていた。僕は自らの理解を喜ばせるために他人に自白を強いるのを神が許すか考えていた。イヤホンを取り出してロシア語を聞くことにする。SVET、スヴィエート。僕を眠らせないように光をあてて、疲れさせてとうとう口を割らせるやり方に僕は参っていた。


二回目の面談で医者は「私を嫌いになりましたか?」と笑って、僕に聞いた。あなたが望んで私がそう答えたならこのあとどうなるかと僕は問いを返した。

「君はなにを望んでいるんだね?」

「これを終えて少しましな気分を」
「家で眠るのに必要な静かさを望みます」

僕はどうにかしてそれらの語をひりだした。

母、問題、解決。そのような単語が医者の口から出て、矢継ぎ早に「君のせいではない」と言った。彼はあらかじめ決まっているかのようにすばやく喋って迷わず家に帰るみたいに話を終えた。僕は失語症の診断と眩暈をかかえて病院を出た。

医者や母にとって話すのは迷いではない。彼らは生まれてどのくらいでああなったのだろうか。僕はあたりを探して建物の脇に階段を見つけ腰をおろした。イヤホンから流れるドイツ語はくぐもってよく分からなかった。僕はまだ迷って見つけられずにいる学生だ。いずれすっきりと探しあてたら僕も滔々としゃべれるようになるのかもしれない。教壇に立ち自らの理解について話す様を想像して僕は咳込んだ。それがどんな語で行われるかの手がかりも掴めずに今はいる。彼らのようにあっという間に語をならべて、その音を鳴らすとき入れ替わったり混ざったり舌を噛んだりせずに、よだれを吐いたりせずに。僕は彼らが理解と呼ぶものが語が聴こえなくなることだと思った。訓練によって可能となるのだろうか。巣へ帰るとき巣を探して迷う鳥がいないようなものか。僕はあの家で一生を送るのか。

僕の前を車が通り過ぎていき、イヤホンを外すとなにかが噴出しているような音やこねるような音が耳に入ってきた。ドイツ語、ハオス、あれのHをDにしてAをとる。ダス、Mを加えてドムス、ラテン語。彼らはおしゃべりの塔を造り終えてしまっている。母のように初めはささやき、そのあと叫ぶか泣くかして脅す手口でピットピットをしゃべらせて不能でない神に比肩するおしゃべり塔を造った。彼らはそこへ迷わずに帰っていくので帰りに迷わない。僕は頭のうるささをおさめようとイヤホンをしてボリュームをあげた。彼らは塔と他人の口を割らせるために最後の語や最後の注射さえどこからか持ってくるだろう。


僕の母は街を歩いている人々だ。僕の医者もそうだ。僕は階段から腰を上げて右へ歩いて行こうと思った。歩き出すと静かにすれ違う人たちや煙を上に吐く煙突が好ましく思えた。僕はそれらから生まれるのを想像する。僕の母は街を歩いている人々だ。しかし実際には彼女の尻から生まれてきたために彼女に最初に見つけられてしまった。僕は生まれ直すように街を歩いた。黙っている僕が捜査すべき裏切りでないまま、歩きながら眠りたいと思った。家で夢を見ながらの質の悪い眠りだけでは治療に不足する。それが明らかだった。