やまもり

山森(故障派)と森山(特になし)の文集

小麦の奴隷の妄想

 

「サピエンス全史」を読み進めてる。

 

つらくて不安定な狩猟採集生活から幸せで安定した農耕生活へ……という定説を覆して、農耕生活のダメなところがバンバン書かれていて痛快だった。同じものばかり食べる農耕民は病気になる。密集生活で疫病が蔓延しやすい。農業は人体に不自然な動作を強いるので腰が痛くなる。労働時間が長くなる。「サピエンスは農耕という不幸を選んだ」「人類は小麦の奴隷になった」。いいぞーもっと言え言えーって感じ。

 

子供が増える。

 

移動生活から定住生活へ移行して子供が増える。二重の意味で増えると思う。狩りよりも農耕の方が、パターン化できる変わらない情報で攻略可能なゲームだと思う。農耕は単純化された作業と伝達できる知識でいけるはず。上司と部下、教師と生徒のような関係でいける。素直によく命令を聞ける指示待ち人間(子供みたいな大人たち)が大勢いた方がいいと思う。狩りの方は、単純化、マニュアル化するには芸術的すぎる作業だ。

 

本には、農耕でたくさんの子供が養えるようになるが、爆発的に繁殖していくサピエンスを養うために加速的な耕作地の拡充が必要になり、農耕は不幸なブラック重労働を再生産し続ける。みたいなことが書いてあった。

 

なんで養わなきゃいけないんだ?殺せばいいのにと思うけど(人権の発明以前の話)、労働力不足だろうね。常にマンパワーが不足してるからどんどん増やさなきゃいけないし増えるからマンパワーが不足する。元祖自転車操業の農耕。


農耕のいいところを考えてみたのだけど、数が多くて戦争に勝てるくらいかなあ。密集して暮らしてるので情報が伝わりやすくなるとか。移設する必要のない建造物を構築できるとか。その技術が発達するとか。うーん、この辺はよくもあり悪くもあり。


あと、「愛」の発明は農耕と切り離せないと思う。愛と名がつけられて呼ばれているものは、95%くらい農耕由来。農耕は守ったり伝えたりしなくちゃならんから。もっと考えると欲望もそうだろう。欲望も農耕由来だとわたしは妄想する。富や所有、嫉妬や裏切りの形がはっきりするのも農耕以降なはず。


たぶん。

 

有史以前を妄想するのは楽しい。わからないから。小麦奴隷の思考ではわからないから面白い。言語奴隷の思考ではわからないから楽しい。原始を妄想するのは自由で、のびのびと考えられる。現代の不幸もほとんど農耕の発明品だと思うと、パンやケーキ、小麦製のそういうのって罪深いね。

 

文章も農耕民的な伝達のそれと、狩猟民的ファンキーなそれと、分けて読んだら面白そう。