やまもり

山森(故障派)と森山(特になし)の文集

隠さねばならぬ醜さとそのままでよい美しさの算数

魚は生まれてすぐに泳ぐ。馬の赤ちゃんもすぐに走る。しかし、わたしは溺れながら生まれてきたらしい(そんな昔のこと覚えていないけど)。そのせいで、土曜日にあじさいを見た。あじさいを見に来ていた若い女性のとても白い脚も見て、同じくらいに白かった中学の同級生の顔を思い出した。なにちゃんだったかな。

わたしにはだいたいのことが溺れながら始まる。たとえば、車の教習所に通っていたころは「こんなに難しい運転をみんなやっているなんて」と思ってあっぷあっぷしてた。スイスイと泳ぐみたいに普通に運転してるおばちゃんたちはみんな、こんなに大変な教習所を卒業したのかと思って尊敬していた。おばちゃんには泳ぐようにできることが、わたしにはできなかった。

だから、わたしが普通にできることを、他の人たちができなければいいのにと思った。とても白いだけでわたしの視線を奪ったあの女の子みたいにさ。

わたしだって溺れてなんかいない。死の直前に「あんたは最後まで世界の泳ぎ方を知らなかったね」なんて言われないように、なんとかするよ。溺れていたら、乳を吸うのさえ診てもらわなきゃいけない赤ちゃんのままだ。

やっぱり違った。覚えていた。わたしは溺れながら生まれてきて、そのまんまここまで来てる。診て欲しいのはそのせいだった。

 


 

「先生、わたしだけが溺れているように見えるんです」

「でも、そう見えるだけで、実際にはわたしが溺れていないか、あるいはみんな溺れているかです」

「わたし、その理由を知ってます。ネオテニーのせい」

でも、知っても知っても泳げないまま。そりゃそうだ。頭で分かるのと実際に泳ぐのは違うんだから。

 


 

二対一で、感情はつらいことの方が勝つ。なぜって、うれしいはうれしいだけで済むけれど、つらいことには「我慢」がおまけでついてくるから。



式:うれしい<つらい+我慢
*うれしいとつらいの重さは同じとする。




「だから?」

だからじゃないよ。
だからじゃないってば。
簡単な算数だよ? 美しいものはそのままでいられるのに、醜いものは醜いうえに隠さなきゃいけないんだよ?



式:美しい<醜い+隠す
*美しいと醜いの重さは同じとする。




「泳がないの?」

泳ぐけど! その前に「そのあとで泳ごうとするなんてすごいね」って思ってよ。思ってくれないんだったら算数のことをいいつけて、あの白い脚を怒ってもらうからね。つらい方が隠さなきゃいけないせいで、ずっと重かったんだから。