やまもり

山森(故障派)と森山(特になし)の文集

考えて正解に辿りつくのと直観で正解に辿りつくの、どっちがいいか?

テレビやネットは知らなきゃよかったとあとから思うものも知らせてくれる。「このはげーーー!」のこと。聞かなきゃよかった……。そしてこの見ず知らずの他者について思い書いてしまうわたしのおせっかいよ……。「他人のことなんて知らない!関係ない!」の方がずっと自分に優しいと分かっているのに。このはげーーー!の人について何か思ってしまうのは自分に優しくないと分かっているのに、思ってしまうわたしの愚かさを許してくれ……。

考えて正解に辿りつくのと直観で正解に辿りつくの、どっちがいいか?
「考えて分かるなんてあたりまえ。考えないでわかる方がすごいに決まってる!」

考えて悩んで辿りついた方が仕事感があるからなのか、そっちの方が偉いと思ってしまって捨てられないんだね。わたしだって捨ててないが(考えるわたしは偉い)。直感で同じところに辿りついてもいいのに。なぜか、考えたり悩んだりしてる方が「頭がいい」と呼ばれる。考えたり悩んだり頭がいいのは苦行じゃないと思うのだが。

「ひとの苦労も知らないでー!」
「もっと考えろはげちゃびんー!」

悩んで辿りついたことも直感で辿りついたこともフラットに見られる残酷な眼に覚めるまで、わたしはわたしの眼を待ってる。

 


 

さて、昨日はふっと思いついたので物語みたいな文章を書いた。何も考えず悩まずにするお喋りは最高の娯楽だ。翻って、相手にどう伝わるかを考えて、傷つけないように悩ませないように会話するのは仕事みたいだ。そういうの書いたら面白いかもと思ってばーっと書いた。なぜか、恥ずかしかった。恥ずかしいなんて馬鹿みたいだと思いながら恥ずかしかった。話の筋は浮かんでいないけど設定は面白いんじゃなかろうか。登場人物のプロフィールを考えてみようかな。

 


 

明日から七月か。何回目の七月かと数えるとたいした数じゃなかった。百回くらいは七月を巡ってるような気もするのに。