やまもり

山森(故障派)と森山(特になし)の文集

反復

どこかに飛んで行ってしまわずに繰り返される行為。たとえば通勤、通学とか、大きなものは地球の公転とか、電車の運行などなど。

ものはためし さんの「最後のひとつ」を読み返したら、これはすごいぞと思って、わたしも反復について書いていく。

通勤でも何でも反復するからには引きつける力が働いている。そうじゃないと反復しないから。レールの摩擦力がなければ電車はどこかに行ってしまう。呼吸も、ずっと吸いつづけるには横隔膜の弾力が邪魔なんだろう。繰り返す反省や悩みにもそれらをどこかに飛んで行かせない引力がある。「これが最後だ」と反復の中では気づけなくて、それが終わったあとに「反復している時は気づけなかったけど、あれが最後だったんだ」がある限り、老人の方が頭がいいことになってしまう。気づくのはいつも反復が終わった後。だからそれは老人天国で、頭にくる。偉そうなのは引力を失った老人たちだから。

「まだ繰り返してるのか? それを終えたわしから言わせてもらえば、おまえは引力に囚われているのさ」。

どこかに飛んで行ってしまわずに、村はずれに住み続ける老賢者の類型。「オワコン」とか言ってる人たちがそうだね。……わたしが反復について書くとこんな風にいやらしくなってしまうのだけど(あー書かなければよかったかな)、ものはためし さんの「最後のひとつ」はわたしみたいじゃなくて、流れるようで軽やかですごいのさ!「最後のひとつ」が最後の更新でありませんように。