やまもり

山森(故障派)と森山(特になし)の文集

村上春樹は読んだことがないんだ

というか小説自体をあまり読んでいない。
「好きな小説家は?」と聞かれたら、うーん、安倍公房?、カミュかなあ。青空文庫坂口安吾はだいたい読ませてもらった。芥川龍之介谷崎潤一郎の物語についての論争は読んだ。夏目漱石は嫌いだからあまり読まずに嫌いと決めつけてる。高校生の頃にトルストイを読んだ。読書感想文を書かなきゃいけなかったから、なるべくビッグネームで、かつ薄い本を探していたらたしか「光あるうち光のなかを歩め」がぴったりだったんだ。聖書を読まなきゃわからないなと思ったよ。西洋古典はだいたい聖書を読んでなきゃ読み解けない。くやしいから読んだ。
そっからは思想、哲学ばっかり。最初は解説書を読んでいたのだけど(現代思想の冒険者たち、とか)、全然意味がなかった。解説書はダメだ。都合の良い解釈しか書かれていないし、それに、あいつら翻訳を読んでいたりする。誤訳はどうしてもあるから。

哲学少女だったんだ。リケジョなのに。天才たちの考えること、書くことはわからないけど、彼らはとにかく孤独だった。それが、わたしの寂しさを慰撫するのにちょうどよかった。寂しさっていうのは恨みです。「うらめしや」が「さみしや」になってもいい時なら、逆も可能だ。アルトーは「文学に勝手な通行を許してはいけない」って言ってたらしい。文学というか、読者だね。武器探しのために読んだり、征服するために読んだり、お喋りの種にするために小説が読まれたりするからだと思う。物語は、そういうものも含んだ、不潔さも受け入れている。清潔なのもほどほどにしないと寿命が縮むよ。漫画も好きだしネットで読む日記も好き。詩もいいね。ネットで読む普通の人たちの文章にも文学や作家性はある。わたしがすごいと思うものがそれだから。たいしたことないのもたくさんあるよね。酷いのはひっでえー。寂しさと恨みがごっちゃになったわたしみたいにむちゃくちゃだよ。

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