やまもり

山森(故障派)と森山(特になし)の文集

自分が嫌いだと他人も嫌い


他人が嫌いな自分が嫌いだから、頼むからみんな自分と他人を好きになってよ。本当に頼むよ。もっと言わせてもらうなら、もう好きと嫌いの線をひかないでちょうだい。それらを分ける線を分かち合わないでくれよ。好きな仲間たちと嫌いな敵を分ける線をひかないで。
いつも、線を越えるところから始まる。国境を越えたり、ルールの線を侵したり、バリケードを切ったり、セックスだったり。そうしないと何にもならないから。だから、好きと嫌いを分ける線はあっていい。あっていいのだけど、苦しいよ。


人間とアンドロイドを分ける仕事を男はしていた。それを分ける線は彼の書いた文章なのだけど、どちらがどっちだったっけ。彼の書いた文章を読んで、なんだかわけが分からない人は人間で、わけが分かる人はアンドロイドなのだっけ。逆だったかもしれない。朽ちた世界が舞台で、ええと、確か一階には分けぬ者が住み着いていたんだ。
彼は白痴で分からぬ者だったはず。
白痴だから、彼の味方を彼は好きになって、彼の敵を彼は嫌いになる。二階に上がるにはエレベータでいく。階段はなかった。つまり、自分の足で歩いていけない。他人の力を我が物にして、エレベータで上がらなきゃ行けない。二階にはアンドロイドが住んでいたと思う。アンドロイドは自分のことをアンドロイドだと分かっていたのだろう。一階の者とは違うから、一階の白痴には分からないアンドロイドの意図を言葉に込めて話していた。白痴を言葉巧みに利用していたのだった。分かつ者たちと分けぬ者の会話に込められた分かつ者たちの意図は、分けぬ者には分からない。
言葉通りに、白痴は二階の者を味方だと思う。二階の者たちにとって一階の者は味方でも敵でもなかった。言葉は分からない。言葉通りの意味のときもあるし、そうでない場合もある。それは、住んでいる階層ごとに分かれている。二階に乗り込んで行く分ける男は、結局、生きているか死んでいるかくらいしか分からないんじゃないか。
彼の住んでいるところには彼の家族がいて、彼は砂漠に住めないから家に戻る。
この、科学者の書いた分ける文章を読める/読めない、どちらが幸せなのだろう。わたしには試験のように思える。読める人と読めない人に分ける試験。読めるのと読めないのではどちらが合格ともつかない意地の悪い試験官。