やまもり

山森(故障派)と森山(特になし)の文集

眠りになんて手を貸してやるものか

固くしまった蓋がある。
ひらがなの「の」の字に回せば(つまり右回り)蓋は閉まる。開けるにはその逆で左に回せばよい。そう誰かが教えてくれた。
「開けるだって」。
あける。いや、閉めてある。なにが締めてあるって?
老婆はまだ知らないのだねとわたしに言った。親切心で教えてあげよう。教えなくったって自然と分かるものなんだが。あんたもやがて母になる。寝ている子を無理矢理に起こす母親はいないのさ。そんなことをしたら子供たちに恨まれるよ。どうして起こしたりしたんだ、いい夢だったのに。もう続きが見れないじゃないか。
わたしはそんなことは分かっているんだと苛立って応えた。
老婆の咽喉は胸まで続いているであろう深いひだを波打たせて小言を続けた。それに、あんたじゃ開けられないよ。一人ではとてもあけられない。大勢で一生懸命に閉めているのだから。あんたの腰くらいの太さの腕が束になって閉めているのが分かるだろう。
何を言ってるんだ。
わたしはわたしの蓋を開けようというのに。
それはあんただけのものじゃない。みんな閉めているのだから、全員で同じ夢が見られる。起こそうなんて馬鹿な妄想はそこまでにするんだ。別の老人がやってきてたしなめる。とんでもない身の程知らず。蓋なんて開こうとも閉まろうともどっちだっていいのさ。ただ我々がつつましく閉めてきたのを開けてやろうという心根が我慢ならない。そんなのは世間知らずの幼稚な反発心だ。何者でもないお前自身がその証拠だ。口だけ達者な若造が。別の老人がやってくる。夢見がちな娘よ。現実は甘くはない。私たちの忠告を甘く見積もらないほうが身のためだ。
老人に囲まれると、蓋はますますきつく閉まっていく。彼らの言うとおり、もうわたしの力ではとても開かないだろう。右に回せれば開くのだっけ。ここは蓋の中だから左に回せばいいのだっけ。
耳なんてなければよかった! そうすればあんな老人たちの話を聞かずに済んだ。いや、今からだって遅くはないさ。わたしはまだ穏便に済ませたいと思っている。これが本当によくない。わたしはいい人ぶっている。他の意見を聞き入れるわたしの耳が好きなんだ。聞き分けのいい耳でここまでやってきたのだから。うるさいぞ老婆たち。死んでしまえ。つつましくなんてやってられるか。だんだん腹がたってきた。起こしてやる。
揺さぶって起こしてやる。
眠りになんて手を貸してやるものか。