やまもり

山森(故障派)と森山(特になし)の文集

下ネタは万国共通語

世界中のたくさんの人たちに伝わるのは、なんといっても下ネタと暴力かなと思う。もう一つ「わからない」も共通語としてあるのだけど、これは伝わらない共通語なので却下。暴力はいろんな情報を伝える(苦痛や敵味方の区別など)。伝達においては沈黙よりも優秀な媒体でなにより分かりやすい。伝達はとても奥深くてやるに値する行為だ。一生の仕事にしたっていい。やるにも書くにももってこいだと思う。

わたしが知っているのは、伝達は伝達が上手くいかない限り求められ、上手くいかなさを糧にして続けられること。そして、伝達にはただ一つ上手くいっている情報があり、それはどんな伝達の中にもただ一つある。ただ一つ上手くいっているがその他は上手くいかない伝達なので、伝達はいつも思わせぶり。「上手くいっている(のに)」。

おやつが冷蔵庫にあります。そう書置きがあって冷蔵庫におやつがある。おやつを求めているわたしが読めばその書置きは用無しになる。もしもわたしが冷蔵庫を知らなかったら、わたしは書き主に伝えなくちゃいけない。冷蔵庫ってなんですか?どこにありますか?おやつは食べなきゃダメですか?猫にあげてもいいですか?

そんな風に上手くいかず続くときも何かが上手くいっている。わたしは、そのただ一つ上手くいく何かにすがって伝達を続けるよりかは他のことを考えるようにしている。伝達を後回しにしないとわたしは個人的に参ってしまうから。下ネタの競争が始まるとアキラ100%も笑えなくなっていく。いくら万国共通語と言ってもたまにやるから面白いのだ。