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やまもり

山森(故障派)と森山(特になし)の文集

楽しくなるか、苦しくなるか

楽しい夢なんて見たことない。何かに追われていたり、嫌な奴が出てきて嫌なことを言われたり。そんなのばかり。楽しいことは現実の中で楽しそうに現れる。そっちの方が夢みたいだ。あなたが楽しそうでわたしも楽しくなるか、それとも羨ましくて苦しくなるか。わたしには過去が壁のように立ち塞がっていた。子供の頃のわたしは誰かに将来のことを聞かれたことがある。困るのは、答えが過去にあること。ケーキ屋さんになりたいとかサッカー選手になりたいとか、みんなわたしが生まれる前からあった過去だ。

過去の続きを夢見させようなんて、なんて夢がないのだろう。未来が過去に塗りつぶされていた。高校生のころは、新しい流行を作って、大人たちを困惑させた。あれは楽しかったな。過去の続きを夢見てた大人たちにざまあみろって感じだった。物語狂いたちめ。でも、今日のわたしは昨日のわたしの形をしてる。明日も物語に狂ったままだろう。過去の物語を身体が覚えてる。わたしは小さな国の王さまで、誰かの言葉を話す巫女で、わたしはわたしの裁判所で、わたしはわたしに判決を言い渡す。わたしは裁かれたわたしを見て、仕方ないと思う。わたしはわたしの小さな罪も見逃さずに捕らえる優秀な警察官だ。自分に捕まらないようにしないといけない。そして、絶対に自分を逃さない。

わたしの小さな王さまだけは見逃してあげてください。いや、このままでは王国は傾いてしまう。王は臣と民の苦しみを知らねばならぬ。物語狂いは群れている。彼らは群勢で一人の人間を探している。寂しさを知らない孤立を見つけて「寂しいでしょう」と声をかける。わたしにはよくわからないものを押し付ける。苦しいでしょうと言う。わたしは、その使い方がわからない。だからどこかに置き忘れてしまったのだけど、物語狂いたちは拾って届けてくれる。聞いてないのに使い方を教えてくれる。親切だけど、迷惑だ。